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スーパーミニマムチャレンジ協賛

白銅が資材・資金面で全力サポート!
日本のモノづくり企業の英知が結集し、
50cc/125ccバイクの世界最速記録を達成しました。

ボンネビルで快走する近兼拓史ライダー

日本の技術の結晶マシンNSX-02(左)とNSX-51

白銅も支援するスーパーミニマムチャレンジとは

50ccエンジンによる世界最速記録に挑戦しようというプロジェクトが「スーパーミニマムチャレンジ」です。見渡す限り真っ白な塩の大地が広がる米国ユタ州ソルトレイク。ここで毎年行われる「ボンネビル・モーターサイクル・スピードトライアルズ」の50ccクラスと125ccの過給機付きクラスに挑戦します。

リーダーは映画監督、ライターとしても活躍する近兼拓史氏。日本のモノづくりを世界に知らしめようという技術者・スタッフが各分野から結集しました。白銅も金属素材・資金の両面で支援、このプロジェクトに協賛しています。

プロジェクトリーダー&ライダー
近兼拓史氏

バイクに情熱を燃やした青春時代。
しかし、大事故がその後の人生観を変えた!

近兼氏のバイクとの関わりは、学生時代にバイトに行くために原付を買った時に始まります。すっかりその魅力の虜になり、国立大学を中退してレーサーを志すまでになりました。テストライダーになって間もなく、首、背骨、腰など13か所を骨折する大事故を起こし、その夢は潰えました。2年半におよぶ入院・リハビリ中の経験を記したレポートが好評で、以後スポーツなどの記事を書いてはいましたが、レーサーを諦めた後の中途半端な自分に疑問を感じて渡米しました。そこでニューヨークタイムズのカメラマンと出会い、写真の世界に身を投じることになり、それが映画監督への道を開くことになりました。モノづくりをテーマにした映画『切り子の詩』を撮ったとき、日本の技術とそれに携わる人々の熱意に感動し、「この技術があれば、世界のトップに立てるマシーンができる!」とレーサーとしての好奇心がムズムズと湧き上がってきたとのことです。

白銅も金属素材や資金の提供などで全面サポート。
ついに平均時速100kmの壁を超えた!

1994年にオーストラリアンサファリに参加し、ますます日本のモノづくりにのめり込んでいった近兼さん。堀江健一さんのひとりぼっち太平洋ヨット横断にも刺激され、限られた条件下で自分の力でゴールを目指したいという意欲が湧いてきたのも一因だとか。

阪神淡路大震災で一時計画は中断したものの、25年の時を経てついにプロジェクトが実現。舞台は「ボンネビル・モーターサイクル・スピードトライアルズ」。標高1300m、気温50度、地球で最も過酷な場所といわれ、生き物もいない、完全な静寂の場所です。そこにエンジンの音だけが響く。直線で16キロの道を走り抜けます。

白銅が提供した資材で作られた部品が記録達成に大いに貢献!

ヘルメットにも「白銅」のロゴが

最後まで点検に余念のないスタッフ

日本から3チーム、世界から計178チームが参加。日本は伝統的に、限られた条件で最高のモノを作るのが得意です。モノづくりの現場の方や機械加工、材料などいろいろな業種、分野からスペシャリストが集まり、プロジェクトを支えました。

今回、50cc+過給機クラスで、1マイルあたり平均時速100キロの壁を超える世界最速記録を達成しました(平均時速101.771km 最高時速128.63km)。115年間誰も破ることができなかった記録です。また、125cc+過給機クラスでも、平均時速101.375km 最高時速169.85kmの世界記録を更新。50ccと125 ccの過給機付き両クラスともにFIM(国際モーターサイクリズム連盟)とAMA(米国モーターサイクリスト協会)の両団体の公認を得たことで、4冠に輝きました。

認定証を掲げる近兼ライダー

FIM(国際モーターサイクリズム連盟)

AMA(米国モーターサイクリスト協会)

日本の技術陣の熱意、レベルの高さ、結集した時の総合力!

日本のモノづくりを世界に示すためにも、今後もチャレンジは続けていきます。

世界トップをめざし、結集した日本の技術者たち

白銅は、今後も「スーパーミニマムチャレンジ」を応援します!